山田 詠美。 褒められた時の返しは 『ファッション ファッショ』山田詠美・ピーコ(対談 2003)|NS|note

つみびと (単行本)

山田 詠美

Sponsored Link プロフィール! 山田さんは、1959年2月8日生まれ、 東京都板橋区中丸町のご出身で、 明治大学文学部日本文学科を、 中退されているそうです。 漫画家だった! 山田さんは、幼い頃から、 楳図かずおさんや、古賀新一さんといった、 怖い漫画が好きで、 大学生の時に、漫画研究会に所属され、 本格的に漫画を描き始めたそうです。 そんなある日、すでにプロで活動していた、 OBのいしかわじゅんさんが、 久しぶりに漫研を訪ねて来たそうで、 それがきっかけで、山田さんは、いしかわさんから、 当時流行っていたエロ漫画誌の編集長を紹介され、 なんと、大学在学中に、 本名の 「山田双葉」名義で漫画家デビュー。 山田さんは、その後、 1981年に、大学を中退され、 アルバイトをしながら、 「シュガー・バー」 「ミス・ドール」 「ヨコスカフリーキー」 などの漫画を発表されたのでした。 しかし、山田さんは漫画に、 それほど情熱を注げなかったのか、 ほどなく、 小説家に転身されることになります。 そのことについて、いしかわさんは、 今振り返れば、 彼女はあまり漫画家には向いていなかったと思う。 漫画を描くというのは、大変に細かい、根気の要る仕事だ。 アイデアを考え、シナリオを作り、 コマを割ったラフを作り、下描きをし、 ペン入れをして、仕上げをする。 同じことを何度も何度も繰り返し、やっと完成するのだ。 途中からは、創作というよりも、 肉体労働という要素が多くなってくる。 彼女は、アイデアを考え、 シナリオを作るあたりまでは熱心なのだが、 そこまでで飽きてしまい、 絵に取りかかるころにはかなりいい加減になっていた。 面自い絵柄を持ってはいたが、 それを練り上げて完成させていくという、 作業ができなかった。 と、明かされていました。 小説家として そして、山田さんは、1985年、 「ベッドタイムアイズ」で、 小説家デビューされるのですが、 この作品が、 いきなり 「文藝賞」を受賞。 さらに、1987年には、 「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」で、 見事、直木賞も受賞されたのでした。 その後も、 1989年 「風葬の教室」 1991年 「トラッシュ」 1996年 「アニマル・ロジック」 2001年 「A2Z」 2005年 「風味絶佳」 2012年 「ジェントルマン」 2016年 「生鮮てるてる坊主」 など、次々と作品を発表され、 何度も芥川賞候補にノミネートされるほか、 数多くの文学賞を受賞されています。 ちなみに、山田さんは、中学2年生の時、 ソウル・ミュージックに影響を受けられたことから、 初期の頃の作品は、 日本人女性と黒人男性の恋愛を描いたものが、 数多く見受けられます。 お二人のラブラブぶりは、 ファンの間でも有名で、 山田さんのエッセイにも、時々、 ダグラスさんが登場されていたようですが、 2006年に離婚されています。 はっきりした離婚の理由は、 分かりませんでしたが、 山田さんのファンの方の話によると、 ダグラスさんが軍を辞め、 アメリカの大学に入学したことで、 遠距離婚となってしまい、 いつしか、心の距離もあいてしまったのでは、 ということでした。 再婚相手は誰? その後、2012年、山田さんは、 10歳年下の批評家、 可能涼介さんと再婚されています。 この作品は、主人公の高中真由子(さん)が、 父親と初恋の人を奪い去った、かつての親友、 朝倉百合(さん)に復讐するため、 初恋の人と百合の間に生まれた息子、 直巳(さん)を、20年に渡り、 自分好みの男に調教していく、 という衝撃のストーリー。 山田さんは、谷崎潤一郎の小説、 「痴人の愛」にインスピレーションを得て、 この作品を書かれたそうで、 女性の嫉妬や情念、恨みなど、 様々な感情を描いておられるのですが、 暑い夏、このドロドロとした、 「詠美ワールド」に浸って、 背筋を凍らせてみるのはいかが?.

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褒められた時の返しは 『ファッション ファッショ』山田詠美・ピーコ(対談 2003)|NS|note

山田 詠美

ものごとを解決しようとしない高校生 「ぼくは勉強ができない」の主人公・秀美は、「勉強ができない」ことを堂々と公言する高校生。 バーで働いている、年上の女性・桃子さんと付き合っていて、恋愛やセックスに熱をあげている毎日です。 父親がいない秀美は、祖父と母と3人で暮らしています。 家庭では恋愛や学校生活の話もあけっぴろげ。 家族の誰もが、秀美を「子供扱い」せず、小さい頃から「いち個人」として接しています。 秀美の周りには、いろんなタイプの人間がいます。 ガリ勉の学級委員長、派手な行動で目立っている幼なじみ、政治家になりたいと言い出すクラスメート、まつ毛の先まで神経を尖らせて他人に好かれる努力をつづける美人同級生…。 教師もさまざま。 社会のルールを厳しく教えようとする先生もいれば、熱血指導や説教をせず、生徒と一緒に学校帰りにラーメンを食べて、同じ目の高さで交流する先生も登場します。 パンを集める少女 こんな風に、あらゆるタイプの人間がいる社会では、ハプニングがつきものです。 でも秀美は、いざこざを解決しようと乗り出すことはありません。 否定も肯定もすることなく、ただ向きあうんです。 小学校5年生の頃の秀美の、象徴的なエピソードがあります。 当時、転校したばかりで、友達がいなかった秀美。 ある女子児童が算数の時間に、分度器を教師からそっと渡される場面を目撃します。 その子は給食の後いつも「クラスメートから大量のパンを募っている子でした。 「うちにやって来る鳥にあげるため」というのが理由でしたが、実は違っていたんだと秀美は気づきます。 パンは家族のための大切な食料だった。 彼女は分度器を買えないくらい貧しい暮らしをしていたのです。 後日、秀美は彼女の家までついていきます。 明確な理由はなく、ただ気になってしまったから。 彼女の貧しい暮らしを解決できるはずもない。 自分の目で見て「彼女にどう接するべきなのだろうか」と自問するだけ。 そして答えを導きだすでもなく、何となくその出来事は過ぎていきます。 作者の山田詠美さんは、「あとがき」の中で以下のようにつづっています。 「私はこの本で、決して進歩しない、そして、進歩しなくても良い領域を書きたかったのだと思う。 大人になるとは、進歩することよりも、むしろ進歩させるべきでない領域を知ることだ」 必ずしも「解決」や「進歩」を求めないで、受け入れていく秀美には、大人こそ学ぶ部分がある気がしました。 物語の中でずっと、意地悪な存在として描かれる奥村先生という人がいます。 秀美が小学校5年の時の担任です。 クラスの空気を読まず、気ままに振る舞う秀美に手を焼き、何とかコントロールしようと必死になっています。 秀美の目からは「自分を制圧しようとする理不尽な大人」にしか見えない奥村先生。 でも、彼には彼の、教育にかける思いがあります。 でも、学校を卒業してみんなが飛び出す現実の社会は、秀美みたいな子をたくさん受け入れる態勢になっていません。 「出る杭」は、やっぱり生きにくい。 だから学校で社会通念を叩き込むんですね。 ちゃんと勉強していい成績をとって評価されたり、集団生活の中でルールを守ったりすることが、社会に出たあと、理不尽な階級社会を生き抜く上で役に立つから。 残念ですが、社会は数年では変わらない。 だったら社会そのものを変えようとするのではなく、個々人がこの社会をサバイブしていけるように鍛えるのが学校の役目かもしれない、と奥村先生は信じ込んでいるのかも。 たった3年しか接することができない若者に、何を教えるべきか、についてはそれぞれの正義があるんだと僕は思います。 ある時、奥村先生を飲みに連れ出した秀美の母・仁子は「あんた(秀美)が言う程、やな奴じゃないわよ。 あの人は、単に、学校以外の世界を知らないだけ」と先生を擁護します。 こうして色んな価値観の大人に育てられる秀美は、本当に幸せですね。 社会には「遊びに行く」 実は僕も、部下のホストに対して奥村先生のような態度をとる時があります。 「敬語をきちんと喋ろう」「TPOに応じた格好をしよう」などと口うるさく指導する。 心の中では、正直そんなのどうでもいいと思ってるんです。 でも、ただでさえ「水商売だから」と下に見られてしまう存在なので、世間の常識に敢えて合わせる態度も、時には必要だと心を鬼にするんです。 ここで大事なのは 「敢えて」合わせるということ。 僕は、思うんです。 社会の中で生きるってことを、もっと遊びにいくみたいに考えた方がいいんじゃないかと。 まるで旅行にきた観光客のような気持ちで過ごしていれば、変なしきたりも、厄介なヒエラルキーも、おままごとみたいに見えてきます。 敬語を使うのも「プレイ」。 始末書書くのも「プレイ」。 スーツを着て会議に参加するのも「プレイ」。 不思議なことに、プレイとしてこなしていると、それまで理不尽だと決めつけていたものが、意外と確からしい根拠のあるルールだったり、ゆるがない構造になっていたりすることに気づく時があります。 ムキになってないからこそ、色んな人の思いが見えてくる。 例えば、友だちの結婚式を想像してみてください。 すっごく楽しくて幸せが溢れてて楽しいけれど、新郎新婦の上司や友人のスピーチ、ご家族の振る舞いにヒヤヒヤすることってありませんか? 「野球チームが作れるくらい子どもを作ってください」とか、「内助の功」とか…(笑) でも別に立ち上がって怒ったり憤ったりしないですよね。 結婚式は祝福するために「遊びにいく」感覚で参加しているからだと思います。 理不尽な社会を「クソだな!」と恨むのは簡単だけれども、社会に遊びに来てるんだ、くらいの気持ちで諦められたら、この世界はもっと優しい場所になるのではないか。 奥村先生みたいな人は世の中にたくさんいます。 変なルールや押しつけもある。 でも、そういう世界に遊びに来た、と思えば気が楽になるし、秀美の母のように奥村の「意外な良いところ」に気づく余裕だって生まれるかもしれません。 * 本記事は、手塚マキさんの新刊『』の7章「ムキになって成長を目指す前に、ありのままに身を委ねる『大人観』」を再編集したものです。

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山田詠美のおすすめ作品10選!さまざまな形の恋愛を描き出す直木賞受賞作家

山田 詠美

この本を初めて読んだのは、中学生の頃だった。 以来、服を選ぶ時に、「靴の色と脚の色を合わせなさい」というピーコのアドバイスを思い出してしまうことがある。 なぜか、数年おきに繰り返し読んでいる。 多分、山田詠美とピーコの掛け合いがおもしろいからだと思う。 くすくす笑えるおかしさはもちろんだけど、会話術というか、返しの上手さに、なるほどと思う。 たとえば、山田詠美の時計をピーコが褒めるくだり。 ピーコ「今日の格好に似合ってるよね」 詠美「ありがとう。 ピーコさんは、時計してないね」 他人から褒められてうれしい時の反応って、難しい。 謙遜するのは嫌だ。 いいねと言われているのに、まるで、急いで帳消しにしようとしているみたいだ。 素直に受け取りたい。 かといって、「ありがとう」だけでは、そこで話が終わる。 どうしたら褒められ上手になれるのか?と思っていたけれど、山田詠美のように、相手に注意を向ければいいのかもしれない。 とても軽妙なので、しゃべった内容そのままではなく、かなり手を入れているのだとは思う。 でも、おかげで読み物としておもしろい。 ファッションに関しては、「頭を使いなさい」というのが2人に共通する意見みたいだ。 山田詠美が、「合う、合わないを"自分で決める"ことが大切なんだよね」と言っているように、流行に飛びついたりブランドを崇めたりするのではなく、自分のスタイルを探すこと。 それは一朝一夕に手に入るものではなくて、客観的に自分を観察しながら考えていくもの。 そう思うと、ファッションって知的だ。

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